妄想鉄「奥武鉄道」のウェブサイトを開設してから2年半. 日本は平成の30年が終わり、令和の世を迎えた. 平成年間、インターネットによる仮想世界の拡大は世の中の表現、言論に大きな影響を与えてきた. 既存のメディアに代わって個人の言論発信は容易になり、鉄道趣味界では自身固有の鉄道コンテンツを発信するという文脈の中で、架空鉄道が発展を見ている. そして令和に入るとまもなく、同元(2019)年末から2(2020)年前半期には世界的に新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が拡大し令和2年春には日本で初めてとなる緊急事態宣言が発令、旅行や観光の自粛が叫ばれる中鉄道を取り巻く環境も大きな変革の渦に巻き込まれようとしている.
この間、「奥武鉄道」は全路線全時間帯の路線型時刻表およびダイヤグラムのコンテンツから始まり、車両イラスト、歴史、企業情報、配線図、駅名標等のデザイン、全旅客列車の運用表、実写写真、駅構内図、主要駅時刻表、模型画像、さらには関連商品やLINEスタンプなどコンテンツの拡大を図って来た. また常に動き見せ続けるコンテンツとすべく、実際の鉄道同様にダイヤ改定や臨時列車の設定を繰り返しており、さらには実写写真も季節ごとに新たなものを作成してトップ画面に採用するなど、固定されたコンテンツにならないよう、重ねて訪ねて下さった方に損をさせないサイト構成を心掛けている.
もとより、当サイトでは「架空鉄道」という言葉を優先的に用いず「妄想鉄」と称している. 「架空鉄道」という言葉の持つ「このサイトの内容はあくまで非現実です」というニュアンスは、ややもすると導入から作品全体をフィクションとして見せてしまいかねない. もちろん「奥武鉄道」も作品の内容はフィクションであり、実在の鉄道と勘違いして沿線に赴き「奥武線の乗り場が見つからない!」なんていうパニックに陥る方が出てくることを許容しているわけでは毛頭ないのであるが、はじめにフィクションであると知って見るのではサイトを見た感想は「よくもまぁ趣味の自己満足でこんな労力を費やす人がいるなぁ」という「感嘆」「呆れ」に収斂してしまい、鉄道としての魅力に没入することが難しくなる. 一方現実ではないながら強固な確信を有している、というニュアンスを持つ「妄想鉄」というタームを使うことで、実在の鉄道ではないながらもあくまで実在の鉄道のウェブサイトを見るように旅の予定を立てる高揚感やこれから見る車窓への期待感、毎日の通勤の快適さを乗客、あるいは沿線の方の目線で楽しんで頂きたいというのが、サイト管理人であり妄想鉄作家、蒲生暁径の切なる願いだ. そのコンセプトに従ってサイト構成は「ファンサイト」や「資料集」形式ではなく敢えて実在の鉄道会社サイトの構成を参考とし、OuDiaを除き鉄道ファン向けの専用ソフトも使用していない. また、何より鉄道旅行の魅力の第一は豊かな車窓にあると考える管理人の信条からサイトをご覧頂く皆様には奥武鉄道のサイトの中で「旅」に出て頂くべく、刻一刻、変幻自在に移ろう日本の四季を大きく採り入れた鉄道写真を随所に配置し、サイトを訪れて頂くことで作者蒲生の脳内鉄道風景を垣間見て頂くのみならず実際の「旅行」を疑似体験して頂きたいと考えている.
しかし鉄道の楽しみ方は本来何も乗車して楽しむことに留まらない. たとえば沿線に住んでいる人であれば、毎日使う電車自体にさほどの興味はなくても私鉄のキャラクターには親近感が湧く、ということもあろう. 「奥武鉄道」をお楽しみ頂いている方の中には特に鉄道に詳しいわけではない方、お仕事で忙しい方、子育て中のお母さん、何らかの分野での創作活動に力を入れていらっしゃる方、など様々な方が含まれる. その中から頂戴した意見を反映してゆるキャラのおーびぃを作成したり関連商品を展開したりといった、鉄道ファンとしてのストイックな目線から一歩離れた試みも続けている. さらには幅広い年齢層に楽しんでもらうために列車をモチーフとした変形ロボット、などというのもありかなぁと考えている(今後進展するかどうかは分からないが). また鉄道をあくまで一つのストラクチャとして登場人物の心象風景を描く文芸作品というのも面白い. これからはこうした、鉄道コンテンツを鉄道の運行、車両といったいわゆるコアコンテンツに限らないある特定の断面でカットしてそこから見えて来る情景、抒情を作品にするといった展開もますます進めていきたい.
ゆるキャラのおーびぃを軸にした商品化は鉄道ファンのみを対象にしたストイックな発展とはまた違った地平線を展開しようとする試み
さて、「妄想鉄」としてサイトでの疑似旅行体験のリアルさ、乗客、沿線在住者目線での楽しみを追い求めるサイト構成を進めている「奥武鉄道」であるが、先述した通り令和2年春、世の中は大きな変化に呑み込まれている. COVID-19の拡大が続く中、実在の鉄道を用いたレジャーとしての旅行は困難になり、そこに実際にある鉄道にさえ乗れないという現実がある. 交通新聞社JR時刻表2020年5月号の表紙では「机上[妄想]旅行を楽しもう!」などという驚きのキャッチコピーも示されたが、実在の鉄道さえ想像上の旅行の対象になってしまい旅に行きたいが容易に出られない環境において、コンテンツ産業であり実態としての軌道、車両、電力などを保有しないという弱みを持つ「妄想鉄」が、努力によっては実在の鉄道と変わらぬ疑似旅行体験を提供できるという世界が見えてきたのだ. これは一見非常に寂しい世界のようでもあるが、仕事や飲み会は極力リモートに、人と人との実接触を可能な限り避けて、という世界において我々「妄想鉄」が社会に果たす責務は大きく、決して自己満足の趣味に閉じていてはならないだろう.
現実の鉄道を用いた旅行が実質的に不可能となっている中、初めて「妄想旅行」を前面に出した交通新聞社版JR時刻表2020年5月号(Amazonサイトより写真引用).
「奥武鉄道」は実在の土地を舞台にする「妄想鉄」であるが、奥武線のサイトに来れば我が家のリビングに居ながらにして北関東から南東北への鉄道の旅を体験できる. そして沿線の街へのイメージを育て、いずれその街へ行くことができた時に「奥武線沿線の街」と認識されるようであれば…そういう世界を構築していきたい. そう、最終的には「奥武鉄道」は非現実の鉄道ながら現実の鉄道と同様に旅人の夢を運び、車窓を提供し、機械仕掛けの時計のように発車ベルに導かれダイヤグラムの筋に従って蠢く1700両超の鉄道車両が皆の想いを運んでいく、そして実在の都市や町、村に「奥武線の沿線都市」という比類のない付加価値が与えられる…そうなればこれは妄想ではなく現実への橋渡しをするコンテンツ鉄道、つまり、AR鉄道(Augmented Reality Railway)なのだ. ここでは敢えて「架空」に近いvirtualではなく、あくまで知覚可能な現実を知覚世界の外に拡張した、という意味でのaugmented realityというタームがふさわしい. そこに実在の軌道はなくとも、沿線の街を訪れれば確かに奥武線の駅が浮かび上がり、電車は軽やかな警笛とともに、気動車はどこか懐かしい油の匂いを滲ませて、輝くレールの彼方、あなたを四季の彩の中に誘い出す. 他路線しか走らぬ街が、あるいは現実には鉄道のない街が、「奥武線沿線の街」として新たな命を吹き込まれる. 「奥武鉄道」はそんなAR鉄道を目指して、先の読めぬ令和の時代へと果敢に踏み出して行きたい.
令和2(2020)年6月2日 管理人 蒲生 暁径
令和2(2020)年6月28日追記
AR、という言葉について、同業の晴凪先生より、「MR(mixed reality)複合現実」が良いのではないかというご意見を頂戴した. 確かに、あくまで現実世界を中心としてそこに仮想世界を反映させるARより、仮想世界を中心として現実世界を重ね合わせるMRの方が近いのかもしれない. いずれにせよ、奥武鉄道では現実世界との連続性を大切にした鉄道風景の展開を模索していきたい.