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運行休止から44年の歳月を経て、いま目の前に
会津、羽州に轟く くろがねの咆哮
南東北の地に目覚めた 2つの鼓動
会津、奥羽地区に2台のD51形蒸気機関車が復活!
4種のSL(蒸気機関車)牽引列車を運行中!!
■S L 山 峡 (やまかい) 号 (会津若松~米沢 87.6km)
編成:機関車重連+旧型客車 6 両
見どころ:全国の鉄道でも屈指の厳しい峠道である大峠を越え、90km近い距離を走り会津と米沢とを連絡する重連SL列車です. 山岳路線ならではのSLの全力を出しきる走行を楽しめます. 木曜日を除く曜日を中心に運転されます. 列車名は大峠の深い山岳地帯をイメージしてつけられました.
■S L 碧 水 (へきすい) 号 (白河~米沢 162.0km)
編成:機関車重連+旧型客車 6 両
見どころ:白河から会津若松、喜多方を経て米沢まで162.0kmを連絡する全国でも最長距離のSL列車です. 磐岩線内では勢至堂峠のループ線や猪苗代湖の湖畔を走り、会津盆地の穏やかな稲田の景色を見て走った後は一転全国最大規模の峠道である大峠を越えるなど、車窓は変化に富んでおり四季折々の景色の中昔ながらのスローな旅を心行くまで堪能できる特別な列車です. 給炭・給水作業を行う会津若松をはじめとしてまとまった時間停車する途中駅も多く、乗車しながら撮影し易い列車となっているのも魅力です. また上り列車は夜汽車の趣を湛え、終点の白河に到着する時間帯が遅いことから主に翌日が休日の場合に運転されます. 列車名は猪苗代湖の静かな湖面をイメージしてつけられました.
■S L 銀 嶺 (ぎんれい) 号 (白河~南郷 84.9km)
編成:機関車+旧型客車 3 両
見どころ:会津若松や喜多方といった主要都市ではなく南会津の村や町を結んで走る会津通のためのSL列車です. 甲子峠や駒止峠といった険しい峠道が連続し、遠く見晴るかす那須岳の雄々しい姿に酔いしれます. 列車ダイヤ編成上白田線の除雪列車とダイヤが抵触してしまうため冬季を除き、主に春や秋の一部土休日に運転されます. 列車名は残雪を被る那須岳からつけられました.
通常はヘッドマークなしで運転し、左の列車名ヘッドマークは特定日のみ掲出して走行いたします.
全国を走るSL列車と比較しよう!
奥武鉄道で運転を始めるSL山峡、SL碧水は全国でも珍しい大型SLの重連運転を行います. 特に、年間150日以上大型SLが重連運転を行うのはSL山峡が初めての試みとなります. またSL碧水の運行距離である162.0kmは、2020年現在運転されている全国のSL列車、また平成以降に運転されるSL列車の単一列車としては最長となります.
奥武線SL列車のご案内
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SL(蒸気機関車)の紹介
D51形 3101号機
運用者:大峠森林鉄道
製造所:汽車製造東京支店
製造年:昭和14(1939)年
引退:昭和50(1975)年
投入先:大峠森林鉄道線
奥武鉄道米沢線→奥武鉄道岩羽線
鉄道省奥羽本線→運輸省奥羽本線→日本国有鉄道奥羽本線
昭和 14(1939)年に大峠森林鉄道の専用機として汽車製造東京支店で落成. 他の 7 両の僚機とともに大峠森林鉄道米沢機関区(当時)に導入され、大峠から米沢を経て福島まで重連で貨物列車を牽引し、鉄道省の D51 形と共通運用で使用されました. 昭和24(1949)年 4 月に鉄道省(同年 6 月より日本国有鉄道)奥羽本線の福島~米沢間が直流電化されると同線への乗り入れを中止、専ら米沢~大峠間で使用され、昭和 45(1970)年に休車、昭和 50(1975)年の大峠森林鉄道廃止とともに廃車されます. その後は米沢市内の小学校で静態保存されておりました. 今回は大峠森林鉄道当時の姿をそのまま再現し、黒一色塗装の装飾のない姿でデビューしました.
D51形 3105号機
運用者:大峠森林鉄道→奥武鉄道
製造所:鉄道省郡山工場
製造年:昭和17(1942)年
引退:昭和50(1975)年
投入先:大峠森林鉄道線
奥武鉄道米沢線→奥武鉄道岩羽線
奥武鉄道磐岩線
鉄道省奥羽本線→運輸省奥羽本線→日本国有鉄道奥羽本線
昭和 17(1942)年に大峠森林鉄道の専用機として鉄道省郡山工場で落成. やはり大峠から福島までの貨物列車に投入されますが、昭和 24(1949)年の奥羽本線米沢直流電化で同線への乗り入れを中止、昭和 32 年(1957)年の奥武鉄道岩羽線全通後は 3105~3108 号が大峠森林鉄道から奥武鉄道に売却され奥武鉄道生え抜きの機関車達に交じって若松機関区(現若松車両区)に所属し、磐岩線および岩羽線の貨物列車での使用を経て、DF500が登場した昭和 43(1968)年以降は貨物用の予備機関車兼岩羽線の客車列車牽引機として活躍しました. 特筆すべきは昭和 32(1957)年の岩羽線全通から昭和 40(1965)年に DF570 が登場するまでの間、新宿~秋田間の夜行快速客車列車「あおまつ」や昭和 34(1959)年に登場した新宿~米沢間夜行快速客車列車「もがみ」、新宿~酒田間夜行快速客車列車「あらしお」の牽引も担っており(牽引担当区間は白河~米沢間)、その後も DF500 の増備が終わり快速列車にキハ 4000 系の導入が始まる昭和 47(1972)年頃までは不定期ながら岩羽線の普通、快速客車列車運用にも入っていました. DF500 の増備と旅客列車の気動車への置き換え完了によって昭和 50(1975)年に引退、その後は喜多方市内で静態保存されていました. 今回は奥武鉄道転属後の姿を基本に、側面ランボードおよび前面に白線を入れ前面下部に奥武鉄道所属を示す斜めステンレス帯をあしらったシックながらも装飾的な姿で復元されました.
客車の紹介
旧鉄道省、日本国有鉄道旧型客車 オハ35系、スハ43系
運用者:鉄道省→運輸省→日本国有鉄道→塩谷鉱山鉄道→奥武鉄道
製造年:汽車製造、日立製作所、新潟鐵工所ほか
製造年:昭和14(1939)~昭和30(1955)年
かつて奥武線内で活躍していた客車列車の多くは1970年代までにディーゼルカーによって置き換えられ、奥武鉄道生え抜きの客車は全て姿を消してしまいましたが、栃木県塩谷町で鉱山輸送を担った塩谷鉱山鉄道で従業員輸送の専用列車に用いられた旧国鉄払い下げの旧型客車がその後塩谷鉱山鉄道に乗り入れていた奥武鉄道徳次郎貨物線でも1998年に廃止されるまで使用され、これらの客車が奥武鉄道に編入、継承されました。オハ35系とスハ43系合わせて10両が在籍しており、この内6両(SL峠号、SL湖水号)または3両(SL銀嶺号)がSL列車で使用されます. 塗色はぶどう色と青色があります(2019年6月より全車ぶどう色に塗色変更されております).
SL、客車のご案内
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